過去の謎
のこり 10 回
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毎朝、私は彼に軽く触れてから職場へ向かう。ところが今朝、彼は音を立てて私をはっきりと拒んだ。呆然とする私のすぐ後ろにいた女は、当たり前のような顔で彼に受け入れられていった。それでも私は彼を責めることなく、黙って財布から千円札を取り出した。私は何をしていたのだろう?

毎週日曜、男は一人暮らしの母の家を訪ね、台所に立って夕食を作る。母は椅子に座ったまま口うるさく注文をつけ、時には最初から作り直させることさえある。それでも男は嫌な顔ひとつせず、帰り際には母に深々と礼を言って帰っていく。男はいったい何をしているのだろうか?

父と将棋盤を囲むひとときが、私は何より好きだった。真剣に挑んでも私は一度も父に勝てず、盤の向こうで長考する父の顔を、いつも見上げていたものだ。だが同じ将棋盤を挟んで、私はあっさりと父を負かした。父は今も町の大会で優勝を重ねる打ち手で、その日も少しも手を抜いてはいない。いったい私に何が起きたのだろう。

夜、男は隣に立つ恋人の腕を突然つかむと、ためらいなく続けざまに何度も強く叩いた。悲鳴を上げた恋人だったが、叩かれた自分の腕に目をやると青ざめ、男に繰り返し礼を言った。それどころか「ごめんなさい、私の不注意で」と自分のほうから謝りさえした。いったい何があったのだろう?

ある施設の一室。そこは大勢の客が出入りする昼間のあいだはずっと真っ暗にされ、閉館して誰もいなくなった夜になると、煌々と明かりがつけられて朝までそのままにされる。消し忘れではないし、夜中に誰かが作業をしているわけでもない。いったいなぜ?

深夜のコンビニ。レジに立つ私のもとへやって来た見知らぬ男は、弁当をカウンターに置くなり、低く鋭い声で「いい加減にしろ。次はないと思えよ」と言い放った。それなのに私は謝りもせず、助けも呼ばず、いつも通りに会計を続けた。男は小銭まできっちり支払い、最後は軽く会釈して店を出て行った。いったい何が起きていた?

私が「おはよう」と声をかけると、相手は「おやすみ」と返してきた。二人は同じ部屋にいて、時計はもちろん同じ時刻を指している。喧嘩でも冗談でもなく、どちらの挨拶も正しい。なぜ?

日曜の朝、男は道路の真ん中を堂々と走っていた。体力はまだ十分に残っており、目指す場所もはっきり決まっていた。ところが、見知らぬ人物に『ここまでです』と告げられると、男は素直に走るのをやめ、うなだれてバスに乗り込んだ。一体なぜ?

深夜、寝る支度をしていた女は、急に血相を変えると、隣にいた夫からスマホを借りて、ある番号に電話をかけた。呼び出し音が鳴るばかりで、相手はいつまで経っても出ない。それなのに女はみるみる笑顔になり、「よかった……!」と胸をなで下ろして電話を切った。その様子を見ていた夫も、ほっとした表情を浮かべている。いったい何が起きたのか?

とある日の深夜。私は、絶対に気づかれるわけにはいかなかった。少しでも動けば、この家で毎年続いてきた『計画』が台無しになってしまう。暗闇の中、私は息を殺し、身じろぎひとつせずにその夜を乗り切った。計画は今年も無事に成功した。だが不思議なことに、計画を立てた者たちは、成功しても決して自分の手柄だと名乗り出ない。そして彼らは、私がこの計画の成功に力を貸していることを、まったく知らないのだ。いったいどういうことだろう?

毎朝、私は彼と一緒に駅まで歩く。彼は私よりずっと年下で、毎日の食事の用意も、身の回りの世話も、すべて私がしてやっている。それなのに、いざ外を歩くとなると立場は逆になる。横断歩道の信号が青に変わっても、彼が動き出すまで私は決して足を踏み出さない。毎日通い慣れた道なのに、だ。なぜ?

絶叫マシンに目がない彼女と、開園と同時に遊園地へやってきた。以前来たときは、お気に入りのジェットコースターへ真っ先に駆けていった彼女。なのに今日は、走り抜ける車両を嬉しそうに見上げるだけで、一度も乗ろうとしない。園内は空いていて行列はほとんどなく、昼にはジョッキの生ビールを美味しそうに飲み干すほど元気だ。『先に一回、乗ってきなよ』と勧めても、彼女はにっこり笑って首を横に振るだけ。なぜ彼女は大好きなジェットコースターに乗らなかったのだろう?

毎朝、私は満員電車に揺られている。私の周りはスーツ姿で険しい顔をした大人ばかりだ。それなのに私は、運賃を一円も払ったことがないし、荷物ひとつ持っていない。おまけに、あんなに混み合った車内で、毎朝ぐっすり眠ったまま目的地に着いてしまう。なぜ?
♥ 1父は、私の誕生日が来るたびに、刃物を握りしめ、うれしそうに新しい「傷」を一つ刻む。これでもう十八個目だ。傷が一つ増えるたびに、家族はみんな幸せそうに笑う。父は一体、何をしているのだろう?
♥ 1僕には、妻のほかに毎朝会いに行く女性がいる。仕事へ向かう前、僕は必ず彼女のもとへ立ち寄る。彼女は僕が来るのを待っていて、いつも僕のために席を用意し、温かいお茶を出してくれる。帰り際には決まって「また来てね」と笑顔で手を振って見送ってくれる。この習慣はもう五年も続いているが、妻はその女性のことをよく知っていて、まったく気にしていない。なぜ?
♥ 3私は毎朝、彼の服を選び、着替えを手伝い、こぼさないように食事を食べさせる。まるで幼い子どもの世話をするように。それなのに彼は私を子ども扱いして、「ちゃんとご飯を食べたのか」といつも心配してくる。
♥ 3レストランで、一人の男性がひざまずき、ポケットから指輪の箱を取り出した。それを見た女性は、思わず涙をこぼした。だが男性は、彼女がなぜ泣いたのか、一生知ることはないという。いったいなぜ?
♥ 1その人は、初対面の私と顔を合わせた瞬間、火がついたように泣き出した。ところが、その場に居合わせた人たちは、その泣き声を聞くと、みんな安心したように笑顔になった。いったいなぜ?

女性は次々と棚から商品を選んでカートに山積みにし、レジには一切向かわず、店の裏口へと消えていった。万引きではない。周りの客も店員も、誰一人として彼女を咎めなかった。いったいなぜ?

空は雲ひとつなく晴れ渡っている。居間でだらだらと寝転がっていた弟は、母の『もうすぐ雷が落ちるわよ』の一言で跳ね起き、焦りながら机に向かい、教科書を広げて勉強を始めた。晴天なのに、母のこの一言で弟はなぜ慌てて勉強を始めたのだろう?
♥ 1彼とは二十年来の付き合いで、これまで一日たりとも離れたことはなかった。それなのに先日、私は自ら病院を予約して金まで払い、専門家の手で彼を無理やり引き離してもらった。彼は最後までしぶとく抵抗したが、私は少しも後悔していない。ただ、別れてからしばらくの間は、食事のたびに彼の不在を感じて落ち着かなかった。一体何が起きたのだろう?
♥ 1終電の車内はガラガラで、座席は選び放題だった。それなのに男性は、ひとつも空席に座ろうとせず、ドアのそばに立ち続けている。彼は健康で、服が汚れているわけでもない。いったいなぜ?

消しゴムのカスまみれの机で、私はその計算問題がどうしても解けず、泣きべそをかいていた。隣に座る人が、私の頭をなでて『ゆっくりでいいよ』と言ってくれた。そして私は、まったく同じ計算問題にすらすらと答えを書き込み、隣に座る人の頭をなでて『ゆっくりでいいよ』と言った。いったい私は何をしている?

月に一度の休みの日、男は朝食を抜いて家を出る。そして目的地のいくつも手前の駅で電車を降り、残りの長い道のりをわざわざ歩いて向かうのだ。普段は駅から家までのわずかな距離ですらバスに乗りたがる男が、である。ところが帰りは、来た道を迷わずタクシーで駅まで戻った。財布の中身は行きも帰りも十分にあったのに、男の行動はなぜ行きと帰りでこうも違ったのだろう?

祖母には「あの子」と呼んで誰よりも大事にしている存在がいる。祖母は毎日欠かさず素手で触れて機嫌をうかがい、食べ物まで与えている。ところが翌日になると、せっかく与えたその食べ物を取り上げて、家族の夕食に出してしまうのだ。取り上げられても「あの子」が怒ることはない。しかし、祖母が数日ほったらかしにすると、「あの子」はたちまち機嫌を損ね、家じゅうに猛烈な抗議を始めるという。祖母はいったい何をしているのだろう?
♥ 1女は、初対面の男にスマホを手渡した。中には恋人と撮った写真も、ふたりのメッセージのやり取りも、何年ぶんも詰まっている。男は女の目の前で、その中身を一件残らず跡形もなく消し去った。女は今もその恋人と円満に付き合っていて、思い出を捨てたいわけでもない。それなのに女は男を責めるどころか、礼を言って晴れやかな顔で帰っていった。なぜだろうか?

昼下がりのコンビニ。入ってきた男が短く何かを告げると、店員は奥から取り出した数十万円もの札束を差し出した。男はそれを鞄に詰め込むと、商品には目もくれず足早に店を出ていった。店員は男の名前すら知らなかったが、深々と頭を下げて見送り、警察に通報することもなかった。いったい何が起きたのか?